バイアス調整

プリンストン・リヴァーブ・リイシューは、固定バイアス(fixed bias)式のアンプです。固定バイアス式を正しく動作させるためにはバイアス調整という作業が必要です。また、バイアス調整によって音を追い込むことは、スピーカー交換、V1の真空管交換とならんでもっとも強力な真空管ギターアンプのチューニングになります。バイアスについての電気的説明はこのブログで繰り返さずとも分かり易い記述が多くのサイトにあると思うので最低限にとどめます。ここではむしろ、プリンストン・リヴァーブ・リイシューにおけるバイアス調整の実践的作業面に特化して書きたいと思います。


リイシューはバイアス調整が容易

リイシューにはオリジナルにはなかったバイアス調整POT(可変抵抗)が追加されています。オリジナルでは固定抵抗の交換か、POTを後付けしなければ調整ができなかったので、これは歓迎できる改良と言えます。POTのスロットは上からでも下からでもアクセスできるので、シャーシ下部に開いたの穴からマイナスドライヴァーで回すことができます。これによって、バイアス・チェッカー(バイアス・プローブ)を用いてバイアス調整する際、シャーシをキャビネットから取り外す必要がなくなります。
また、バイアス調整に必要な1Ωの測定用抵抗(R20、R32)が回路に追加されたことも歓迎できる改良です。このおかげで、電流(mA)の値を知りたい場合にも、オームの法則[電流×抵抗=電圧]によって、測定された電圧(mVDC)の値をそのまま電流の値として読むことができます。オリジナルでバイアス調整をしようとすると、これらの抵抗を後から追加する必要がありました。
つまりリイシューでは、以上2つの改良によって、回路に一切手を加えることなくバイアス調整ができるようになっています。

バイアスが浅い=音がホット、深い=コールド

バイアスが「浅い」、「深い」という言い方をしますが、浅くすると音はホット、深くするとコールドになります。多くのプレーヤーはホット寄りの元気かつクリアーな音を好む傾向にあります。しかしホット寄りにすればするほど、真空管の熱暴走を引き起こしたり寿命を短くするリスクをともない、トレモロのインテンシティ(深さ)も浅くなります。もしもバイアス調整した後でトレモロのインテンシティが浅過ぎると感じた場合は、トレモロのインテンシティを決定している固定抵抗の値を変更することでインテンシティのみ深くする改造が可能です。詳しくはトレモロのページをご覧ください。
近年のリイシューの工場出荷時でのバイアスの設定は、もちろん適正範囲内には収まっていますが、その範囲内でコールド寄りになっています。これは保証期間内のトラブルをできるだけ回避するためと思われます。そのような事情があるので、出力管交換時のみならず、購入後すぐにでもバイアス調整を行う意味があります。

回路図の見方

アンプを新品で購入すると印刷された回路図がついてきますが、フェンダーのサイトからもPDFを入手できます。バイアス調整にあたって回路図のなかでどこを見ればいいか抜き出したのが下記の図です。


色名は配線の色です。バイアス調整は、テスターで赤い囲みの部分(TP15、TP16、TP17、TP18)を測定しながら行います。TPはテストポイントの略です。実際には、TP15とTP18は各出力管の3番ピンになります。TP16とTP17は、1Ωの抵抗(R20とR32)の出力管側の足になります。各テストポイントに440VDCや23mVDCという値が書いてありますが、実測値もそれに近い値になるはずです。TP15とTP18を測定する場合、テスターの測定レンジは1000VDC、TP16とTP17の場合はmVDCにあわせます。2本の出力管はマッチドされているはずなので、TP16とTP17は近い値になるはずですが、20%以上値が違う場合は問題があるのでマッチドされているペアに交換してください。バイアス調整POTを回すとこれらの値が変化します。

プレート損失率の計算方法

バイアスの適正値を測る物差しはプレート損失率です。この値が60-75%のあいだに収まっていれば適正です。60%を下回るとコールド過ぎ、75%を上回るとホット過ぎということになります。Weberをはじめ、70%がもっとも適正としているサイトが多いですが、最終的には耳が頼りになります。ちなみに自分のケースでは、工場出荷時設定は65%で、調整後は73%にしてあります。プレート損失率の計算は次のように行います。
TP15かTP18の実測値(VDC)と、TP16の実測値(mVDC[=mA])をVDC[=A]に換算(×0.001)した数値とを掛け算します。その値がプレート損失なので、それを6V6のクラスAB動作のアンプの最大プレート損失である14Wで割り算するとプレート損失率になります。同様の計算をTP17の場合でも行います。
ややこしいので、試しにフェンダーの回路図に書いてある数値で計算してみましょう。

440VDC×23mVDC(=mA)×0.001÷14W=0.723
つまり、プレート損失率は約72%です。

フェンダー・アンプに用いられる現行管の6V6としてメジャーなのは、Electro Harmonix、JJ、Tung-Solですが、EHとJJは最大プレート損失が14Wなのでプリンストン・リヴァーブで用いるのに耐久性上問題はありません。特にJJに関しては、プレート損失率が80%でも問題ないという報告もあります()。一方Tung-Solは初期の6V6と同様に12Wなので注意が必要です。たとえば上記の計算式にあてはめると、Tung-Solの場合プレート損失率は84%で、すぐに死んでもおかしくない値です。しかし短寿命であるのを覚悟のうえで、音質的にTung-Solを選択するというプレーヤーもいます。

下記のサイトを使っても簡単に計算ができます。
Tube Amp Bias Calculator - AX84.com(14W)
Weber Bias Calculator(6V6:12W、6V6GTA:14W)

バイアス調整のための器具

バイアス・チェッカー(バイアス・プローブ)という専用器具を使用する方法もあり、市販品のほか自作されている方もいます。この器具を使うとシャーシ内にアクセスする必要がなく、出力管とソケットのあいだに器具を挟むだけなので作業は非常に楽ですが、購入する場合は高価ですし、自作もパーツ代は安いですが作業がやや面倒です。ここでは、最低限の器具を用いた簡単な方法を紹介します。必要な器具は下記のとおりです。
 
  • テスター
    1000Vまで測定できるものであればOKです。自分のテスターはDT9205Aというモデルです。
     
  • ダミーロード
    ダミー・ロードは作業中にスピーカーのかわりにアンプにつなぐための器具です。15Ω25Wの抵抗を並列につないで(つまり7.5Ω50W)自作しました。材料は、
    抵抗(15Ω25W)×2、適当な線材、モノラルフォンプラグ×1です。  

  • バイアスボード
    テストリードを直接回路内にあてると、手が滑った場合に感電と回路のショートの二重の危険性があるため、より安全に遠隔操作するための器具です。適当な板にラグ板をネジどめしただけのものです。写真は実際に使用中のところです。

  • コード付みのむしクリップ×3
    シャーシ内部の測定箇所から外部のバイアスボードに接続するために用います。上の写真のように接続します。
     
  • 絶縁ドライヴァー
    割り箸を削ってPOTのスロットにあうサイズに作成しました。金属製のドライヴァーよりも、手が滑った場合の感電と回路のショートの危険性を回避できます。

作業手順

※アンプ内部は場合によっては死に至る感電の危険性があるので、
 十分に注意して作業してください。
 

  1. アンプの電源をオンにし、十分に温まってからオフにします。これは電源部の電解コンデンサを放電させることが目的です。電源がオフの状態でも、電解コンデンサに蓄電されている場合は作業時に感電の危険性があります。詳しくは、アンプの放電のページを読んでください。バイアス調整は電源をオンにした状態で行うので放電の必要はないとも言えますが、少なくとも作業の準備段階での感電は回避できます。
     
  2. バックパネル、スピーカーケーブル(アンプ側)、キャビネット上面のシャーシストラップなどを取り外し、シャーシを後方に引き出します。トランスをつかむと持ちやすいです。一時的に裏返しにしてキャビネットの上に置きます。出力管と整流管が出っ張っているので、シャーシはそのままでは床に置けません。トランスの下にブロックを置くなどして嵩あげする工夫をし、その後で床に置きます。この作業中は出力管と整流管を一時的に抜いておいたほうが破損させるリスクがありませんが、戻し忘れに注意してください。
      
  3. スピーカージャックにダミーロードをつなぎます。 
    ※スピーカーもダミーロードも接続しない状態で電源を入れると出力管と出力トランスを壊します。
     
  4. シャーシ内部の3箇所の測定部位(TP15かTP18のどちらか、TP16、TP17)を、外部のバイアスボードに3本のコード付みのむしクリップでつなぎ、安全に測定できる準備をします。バイアスボード側のつなぎ方は上の写真を参照し、接続箇所同士は安全のためにできるだけ間隔をあけます。
      
  5. テスターのリード棒のマイナス側をアンプのシャーシにアースし、テスターの測定レンジをDC電圧にセットします。
     
  6. ボリューム、リヴァーブ、インテンシティをゼロにしてアンプの電源を入れ、90秒ほど待ちます。テスターのリード棒のプラス側で、TP15かTP18からつながれたバイアス・ボードの箇所を1000Vのレンジで測定します。この値がプレート電圧なのでメモしておきます。自分の例では最初は438VDCでした。
     
  7. 次に、TP16とTP17からつながれたバイアス・ボードのそれぞれの箇所をmVのレンジで測定します。その値をメモしておきます。自分の例では最初は19mVDCと21.2mVDCでした。
     
  8. ここで先述したプレート損失率の計算をします。自分の例では約65%となります。
     
  9. 自分の例では73%くらいまでホット寄りにしたかったので、絶縁ドライヴァーでバイアス調整POT(R22)を少しだけ回し、再度3箇所を測定してプレート損失率の計算をします。目標のプレート損失率になるまで以上を続けます。
    ※POTは一気に回さず、少しずつ回します。アンプの暖機が済まないうちにPOTをホット側に回しすぎると出力管を一瞬で壊す可能性があります。
      
  10. 目標値になったら、数分間アンプを通して演奏してみます。その後再度3箇所を測定して微調整します。また、同時に出力管を目視してプレートが赤熱していないか確かめます。赤熱はプレートの中心や襞部に、鈍く暗い赤色で現れます。逆に、フィラメントのオレンジ色(場合によっては淡い青)の光やプレートの周囲に雲のような色が見られる場合は正常です。もしも出力管の片方だけでも赤熱が見られるようなら、バイアスをコールド寄りにする必要があります。
     
  11. 自分の例では最終的に、TP16とTP17の値が22mVDCと24.3mVDC、TP15が432VDCとなり、プレート損失率は72%前後となりました。トレモロの効きもギリギリ許容範囲というレヴェルです。